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長州藩閥の謀略!

※明治6年政変!

※毛利敏彦著 明治6年政変は、一般に膾炙されていません。それを9/6付

西日本新聞に、詳しく案内してあります。

 

※長州藩閥の謀略!

 

※現在の政治が歪められた最初の要因は、明治6年秋の出来事からです。明治政

府がこれからの日本国をどのように、仕切って行くかを決断したのが明治6年の

政変からです。それは明治4年11月から明治6年9月まで1年10ヶ月間、欧

米先進国を見学&視察に回った岩倉使節団のことです。その間、日本政府は西郷

を筆頭に江藤新平・副島種臣・大隈重信らが、日本国を守っていました。そのと

き大久保は薩長土肥の有力者達に、自分たちが海外旅行をする間色々と政治変更

をするなという誓約書を、書かせています。※(今アベの部下である細田がこの

秋の総裁選で、アベを入れると誓約書を書かせています)。それとそっくりのこ

とを明治4年秋に、大久保は西郷ら重鎮に、誓約書を書かせています。彼らが船

に乗ってから西郷は、次から次へと政策変更や規約の更新をドンドン進めていま

す。それを見た江藤新平が大久保どんから何もするなと言われていますが、西郷

先生よ!その所をドガン大久保に言い訳しますかと、問いただすところがありま

す。それで西郷が大きな声で言う。大政奉還されて我々の手に依って、これから

の日本国を創っていかなければいけない時、イチイチ海の向こうまで、問い合わ

せができるかという。それから政治は、時々刻々と動いて変化していくのをジー

ット待てというのか。オレが一切の責任もつから思う存分自己の能力を発揮し、

事を進めよとラッパを吹きました。それを西郷から聞きまして、江藤新平は日本

を法治国家になすとの思いで、法律をドンドン作っていきます。それで明治4年

に学校法ができまして、日本国の津々浦々に小学校ができています。セコイ話で

ありますがワッチの上波佐見村にも小学校創立は、明治4年であります。話はそ

れましたが、佐賀の乱で亡くなった江藤新平君は、全国に警察網を敷きました。

その法律によって自ら佐賀戦争に巻き込まれて、統領になりお縄となりました。

話は大分それましたので、以下本文に戻します。

※新聞記事にあるように明治6年政変によって、日本国の針路が大きく変更され

ていきます。それは大久保が西郷と江藤らを閣外に追放することで、自らの政権

を作っていったのです。その謀略の企画マンが、伊藤俊介(博文)であります。

伊藤は木戸孝允と組んで大久保を仲間に引き入れ、長州閥が思うような政府を作

っていきます。明治150年という因習政治を現在のアベ珍が引き継いで、日本

国の再生と叫んでいます。まったくナンセンスな政治を、標榜するアベ珍であり

ます。この毛利敏彦著「明治6年政変」を、ご一読ください。日本国が歪められ

未だに歪んでいる一つは、明治6年秋の政変からであります。

 

※9/6日付西日本新聞!

※幕末維新の賢人達が命を懸けて明治政府を作りました。それは最高にヨシ!

左から木戸孝允山口尚芳岩倉具視伊藤博文大久保利通

明治4年11月岩倉使節団のリーダーたちであります。

 

 

※9/6付西日本新聞!

※70歳まで働くのは良いことです。しかしその法律の背景が如何にもアベ珍

の失政から、発想されています。それは厚生年金基金からアベ珍が数十兆円も

大金を盗り出したので、年金が不足するから70まで働いて70歳から年金

を支給するとの計算が、丸見えです。アベ珍の政策失敗を、国民が被ることに

なります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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