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さざ波便り宮崎滔天No519号

※大正2年孫文が再度宮崎家を訪問ス。

宮崎滔天

※これは孫文が2回目に、宮崎家を訪問した時の写真!大正2年(1913年)

第一回目の訪問は、明治30年(1897年)晩秋です。

宮崎滔天

※宮崎滔天の思想は100年〜300年後、必ず必要になります。今、学ぶ事!

 

さざ波便り   No419号  平成30年6月1日 田ご作

                〒859-3711 長崎県波佐見町田ご作村

 

宮崎滔天とは如何なる人物か?No1

 

 幕末から明治変動期の人間模様は、人口によく膾炙されています。そして大概

の日本人は、明治10年西郷さんの西南戦争もよく知っています。それ人間は、

動乱期のキッタハッタの活劇が大好きであります。それで内戦後に明治政府がと

った国民統治は、如何なるものだったかであります。それを問うと、俗界で知っ

ている人は少なくなります。それで政治に無関心となり、日銭稼ぎの商いに誰も

が走り出します。そのような時でも政治は、休みなく動いています。明治の人々

は明治20年頃まで、自由な生き方が出来ました。それ国民統治と初期の資本主

義経済は、紆余曲折しながら大日本帝国憲法の発布まで、辿り着きました。この

不安定な政治状況の中で、宮崎滔天君は少青年期を生きます。そして明治22年

春、明治憲法が発布され日本国は立憲民主主義の法治国家となります。

 

 明治23年秋、大日本帝国憲法が施行され日本国の形が、出来てまいります。

その憲法の前文第1章は、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」でありま

す。この憲法発布の前に、軍人勅諭が出来ています。更に憲法発布後、教育勅語

が出来て国民統治を行い易くしています。それ明治10年代までは、非常に自由

な社会でありました。その大日本帝国憲法が出来ましてから、自由民権運動の人

たちが生き難くなってまいります。滔天君は柔軟な考えが出来る人でありますか

ら、自らの生き方は如何にあればよいかと思考します。その模索中に、兄の弥蔵

が次のようなことを提案します。「言論畢竟世に効なし。願わくば共に一生を賭

して支那内地に侵入し、思想を百世紀にして心を支那人にし、英雄を収攬し以て

継天立極の基を定めん」。要約すると、言論で世界を変えることは出来ない。共

に中国へ行って、射程の長い思想に立ち、心から中国人そのものになって、英雄

たちを集め新しい時代を作ろう。これが弥蔵君の「中国革命から世界革命へ」と

いう概念&構想で有ります。滔天(寅蔵)はこれを聞いて、目からうろこが落ち

あまりの嬉しさに舞いあがり、踊り出したと言う。この生きる為の大方針が出来

たので、滔天は自己確立して自由に生きてまいります。時代は明治24年頃であ

りますから、滔天21歳から22歳頃であります。

 

 滔天が中国に渡って革命運動を起こすと云々しても先に、その資金をどうする

かであります。彼は上京した折の縁故をたどって、タイ国(暹羅)への移民の仕

事につきます。弥蔵は中国商人の番頭になって、中国語の勉強をします。滔天の

タイ国での仕事は失敗に終わって、日本へ帰国します。その間に、体の弱い弥蔵

は29歳の若さで亡くなります。滔天が心身ともにやつれ果て弱り切っている所

に、熊本の友人が木翁(犬養毅)に面会し助力を乞えと言います。それで滔天は

用心しながら木翁に、面会するようにします。始めは用心していますが、話始め

ると木翁のあっけらカーンとした話で、この人は信頼できると確信します。そし

たら金のことは、心配いらんという。それで下宿の方で、寝っ転がって少しく待

っておれという。暫くすると木翁から連絡があって、中国行きのお金を渡されま

す。それは外務省の裏資金で、中国探索をやって来いとの事でした。その頃から

大日本帝国は、中国侵略を意図していまして、その裏資金を、良く出してくれま

した。木翁から大きなお金を貰って、中国探索に出かけます。

 

 彼のこの行動は日清戦争が終わって、明治30年頃であります。それ中国でも

革命の機運が出てきまして、その人々とも繋がりが出来て参ります。そして明治

30年秋、孫文と出会ったのが一番の収穫でありました。その孫文を木翁に紹介

し、頭山満にも紹介しています。これで滔天の活動が上手くいくように見えます

が、大きな失敗は恵州蜂起でありました。それは、孫文へ銃も金も送れなかった

ことです。何故なら中村背水がその軍資金を、着服していたからです。 

以下全国とう天会へ続く。

 

 

 

全国とう天会! No004号 平成30年6月1日 田ご作

               〒859-3711  長崎県波佐見町  田ご作村

 

宮崎滔天とは如何なる人物か?No2

 

 宮崎滔天とは、全く分からない人です。しかし、彼がどうして中国革命の支援

者になっていったかを、解き明かしたく思っています。そして明治32年頃から

36年頃までに、彼の前半期の活動が終わります。この年代あたりから彼の精神

に、変化が起こり始めます。それは孫文の恵州蜂起に銃やお金を送れなかったこ

とで、中国革命に協力的だった仲間からお前は孫文の金を着服したのだろうと、

疑われたからです。更に玄洋社の内田良平と酒飲み会場で、大喧嘩となり額を打

割られたのです。彼はその資金を着服していませんが、木翁と滔天と仲裁の神

鞭知常と、着服した中村背水が談合しこれは絶対口外するなと言われたから、口

を割らなかった。それで着服に立腹した内田が、中村を殺せと言っても無言を通

したので内田は、その真相を明かせと殴り掛かったのです。滔天は体躯が大きく

ても喧嘩に弱いので、柔道2段の内田に投げ飛ばされてオシマイです。この事件

を契機として、滔天に精神的な動揺が始まります。それで一年間は、上野不忍池

付近のよか女ごの家で沈黙しています。その頃に「33年の夢」の原稿を、新聞

に投稿しています。その結果、33年の夢が書籍になったというのです。滔天は

初めから本を書くなど思ってなくて、只管実践の人でありました。この本は日本

でも中国でも大ヒットし、後世の私もその恩恵に与っています。そして滔天は、

事実を赤裸々に記しています。

 

 彼は中村背水の着服事件で内田と大喧嘩をやり、内省の時に移ります。それで

革命の資金集めは浪曲師となり自らを世に晒して、歌いますが中々上手くなれず

大酒飲みを止めません。その頃から日露戦争となり、ロシアに戦勝しても日本国

は騒然としてきます。それはロシアから、戦争賠償金を取れなかったことであり

ます。小村寿太郎がポーツマス条約で、賠償金を取れず樺太を半分盗っただけに

終わったのです。その頃に、日比谷公園で焼き討ち事件が発生しています。それ

で世の中が騒然となったものだから、政府は治安の取り締まりを強化します。そ

して悪名高き大逆事件が発生します。これは明治42年秋に起きて43年2月、

24名に死刑判決を下します。実際死刑になった人は、12名であります。幸徳

秋水や森近運平などが、含まれています。これは政府によるデッチ上げ事件であ

り、早々に死刑を執行しています。それで政府は社会主義革命運動をヤルと田ご

作国民は、このようになるぞ〜とのオドシと見せしめであります。滔天も逮捕予

備軍で警視庁の帳簿に、載っていました。しかし彼は、逮捕を免れています。そ

れは犬養毅や頭山満がバックに居る事を警視庁は、察知していました。滔天はそ

のような経緯で、逮捕を免れています。それで日清戦争と日露戦争&伊藤博文の

暗殺事件と大逆事件に、一切のコメントを発していません。その時彼は、を殺

して部屋の隅に固まっていたと思います。

 

 その後、明治44年孫文の辛亥革命が成功し、明治45年(1912年1月1日)

を中華民国元年と定めました。これから又、中国は動乱の時代を40年間続ける

ことになります。それで宮崎滔天とは、如何なる人物かを推考すると時代が

する時、重要な役を演じた人です。このような活動を家族の生活も顧みず、よく

ぞ30年間も続けた背景は一体何かであります。それは彼の性格から出ているこ

とと、自発性であります。父親の長蔵から官の飯は食うなと言われた事が、心臓

に突き刺さっています。人間は誰もその人を取り巻く環境条件があります。それ

間の究極的な思考行動は、その人の性格から発しています。滔天君は優しくて

直感が働く、正直な人でした。更に、面白い性格の持ち主でありました。

 

※5月の面白いブログご案内コーナーです。

〇明治の大日本帝国の残虐性!

http://tago39.jugem.jp/?day=20180521

〇ロシア事業に入り込めないアベ晋!

http://tago39.jugem.jp/?day=20180505

 

※通信らん!

 

※トンビの子供!

トンビ

※子供でもよく飛び回っています。カラスがよくたぶらかしに来ています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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