<< January 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< アベに依る森友特例? | Main | 森友事件アベの説明を81%が納得してない。 >>
さざ波便りNo413号・宮崎滔天

※旧宮崎家!

宮崎家

宮崎家

※築250年くらい経過していると思います。日本建築のよか所を出している。

黒光りする松の木の梁は見事で有ります。補強の為に鉄帯で巻いてあります。

 

 

さざ波便り   No413号 平成29年12月1日 田ご作

                 〒859-3711  長崎県波佐見町井石郷田ご作村

宮崎滔天・謀反の児!No1

 

 11月25日、熊本県荒尾市にある宮崎兄弟資料館で「謀反の児・宮崎滔天と

世界革命」と題した、講演会がありました。講師は、その本の著者である加藤直

樹先生であります。講演内容はその本に沿ってお話頂いたから、非常に分かりや

すくありました。私はこれまで宮崎滔天の本を2〜3冊読んでいましたが、どう

も滔天の真髄が分からず今日まで来ました。それで先生の本を先に読んでいたの

で、講演内容をよく把握することが出来ました。私は10年以上前から滔天を読

んでいたにもかからわず、彼を理解出来なかったのです。今回、加藤先生の本を

よく読みましたから滔天の考えと、思想を読み取ることが少しできました。それ

で加藤先生は、滔天の意図的な隠語のメッセージを探索し思索して、見事に描写

されています。なるほどと思うところが何ヶ所もありました。この本を読んでか

ら他作家の滔天を読み直すと、よく理解できるだろうと思いました。前置はこの

くらいにして滔天が何故、世界革命を起こす思いに至ったかであります。

 

 宮崎家は江戸時代から郷士として、代々豪農で庄屋の役割を担っていたようで

す。寅蔵は11人兄弟の末っ子の為、生活能力がない人だったと著者は言う。昔

は11人兄弟が居ても幼少の頃に、亡くなるのが常でありました。残ったのは男

兄弟4人と姉妹3人であります。その裡の長男八郎は西南戦争で、明治10年に

亡くなっています。更に、3男の弥蔵は29歳の若さで亡くなっています。生き

残りは次男の民蔵と4男の寅蔵(滔天)と、姉3人であります。寅蔵は1922

年51才で病没しています。次男民蔵は、昭和3年62才で亡くなっています。

この人は土地を国民に、平等に分け与える「土地均亨論」を確立しています。3

男の弥蔵は身体の弱いところがありまして思索に耽って、寅蔵のよか理論的同志

でありました。寅蔵の父親である政賢長蔵は剣術も出来て、人間を平等に見る思

想をもっていました。長蔵の思想が宮崎4兄弟を徹底的に人間として、生きるこ

とを植え付けたと思います。それで長蔵は明治10年秋、八郎が西南戦争で亡く

なった事を知り愕然とします。そこで残った3兄弟に、決して「官」の飯を食う

が、遺言となりました。これが寅蔵を、人間の自由な生き方創りである自由民

運動に、身を投ずることになります。

 

 寅蔵は小さいころから放蕩息子で有りまして、熊本へ学びに行くと母上にお金

をせびっています。それでも読書はしたようですが熊本界隈でウロウロしている

裡に、東京で学ぶと言って母上に又お金をせびります。明治20年前後は、東京

で遊び長崎へ行ったり熊本へ行ったりしている裡に、天水村のよか女子をひっか

けて遊びまわっています。その女子は天水村の豪農前田案山子の娘で有ります。

この女子に惹かれている裡に、出来ちゃったのです。父親の前田案山子は烈火の

如く怒りました。宮崎家も豪農で有りましたが前田家は、宮崎家をしのぐ大富農

で有りました。それで位取りが違うとのことで、オヤジ殿は結婚に大反対で有り

ました。しかし、今でいう出来ちゃった婚ですからどうしようもなく、槌さんと

晴れて結婚することになりました。寅蔵21歳頃であります。新婚の頃は2〜3

年荒尾村でゴロゴロしていましたがしかし、男として生きて行くのにこれではダ

メダと、思うようになりました。亡くなった長蔵オヤジは、豪傑になれ官の飯を

食うなという。そのような思いの所へ3男の弥蔵が来てオイどうだ、世界革命を

ヤル為に中国革命をやらないかと、話を持ち掛けました。寅蔵は久しぶりによい

話を兄の弥蔵から聞きまして、俄然動き出します。

 

 弥蔵と寅蔵の論議は、アジア中国革命→世界革命の概念をハッキリさせます。

基本概念は「世界皆兄弟と一視同仁」であります。20代前半の寅蔵に世界革命

を持ち込んで、2人は欣喜雀躍しました。そこで兄の民蔵も仲間に入れようと、

その概念と方法論を展開しました。民蔵曰く、それはダメダという、何故なら人

間を欺くことだからという。革命をヤル人が人間を欺いて作戦を立てると永く続

かないし、スグ行き止まると言う。茲で2人は考え直します。鷹山会へ続く。

 

 

鷹山会!     No325号 平成29年12月1日 田ご作

                 〒859-3711 長崎県東彼杵郡波佐見町田ご作村

宮崎滔天と世界革命!No2

 

 弥蔵と寅蔵は、アジア中国革命→世界革命を行う為の概念づくりを始めます。

それを著者加藤直樹先生の本から無断拝借して、記して見ます。それ弥蔵は決然

と、次のように宣言します。

「言論畢竟世に効なし。願わくば共に一生を賭して支那内地に侵入し、思想を百

世紀にし心を支那人にして、英雄を収攬して以て継天立極の基を定めん」。言論

で世界を変えることは出来ない。一緒に中国へ行って、射程の長い思想に立ち、

心から中国人そのものになって、英雄たちを集めて新しい時代をつくろう。「た

ヾに政治的のみならず、社会革命の実行」が必要だ。そして、中国で社会革命に

成功すれば、そこから必ず、世界革命が始まるー。「若し支那にして復興して義

に頼て立たんか、印度興すべく、シャム安南振起すべく、比律賓・埃及以って救

うべきなり、而して仏蘭西、亜米利加の如き、聊か理想を重んじ主義に立たんと

欲するものに至っては、必しも吾等の敵たらざるや知る可らず。思うに遍く人権

を恢復して、宇宙に新紀元を建立する方策、この以外に求む可からず」P81より抜粋

 

 以上のような大方針を以って、2人は動き出します。それで滔天はどのような

本理念を確立し、アジアの中国革命→世界革命を実践したかです。P122で滔天

言う。「我等ノ味方ハ貧民也、乞食也、我敵ハ王也、富人也。我等ハ畢竟社会

最強者ト戦ハザル可カラズ」と、中国革命はあくまで「人権の大本」を恢復す

「世界革命」の始まりである。更に、大久保利通らの「有司専制」と戦う理論

根拠が明確に示されている「人民主権」で、あります。そして熊本協同体植木

校の設立趣旨を崎村常雄は「天ヨリ賦与サレタル人類ノ本文」「不羈独立ノ自

任意ノ大旨」を人々に伝えると意気込み。広田尚は「百姓が生まれてきて良か

と思える国をつくろうと」考えた。その民権党のリーダーが若干25歳の宮

八郎であります。又、明治20年頃庄屋の宮崎家へ近隣の百姓がもう生きられ

いから、年貢を引き下げてくれと抗議に来ます。その時、応対したのが民蔵で

ります。民蔵は言う。沢山の土地を所有していることは本意でないが、このよ

な状態を一日も早く克服した世の中を創り出すからもうしばらく我慢してくれ

諭しました。百姓たちは涙ながら帰って行きました。その模様を一部始終見て

た寅蔵は、この世を何とかしなければと思考します。

 

 このような現実を見て寅蔵は自ら東京で、遊んで居た頃の放蕩を顧みることに

なります。そして寅蔵は、先天的に優しい心の持ち主であります。宮崎4兄弟は

父親の教えもありまして、一視同仁を貫く精神を持っていました。それから官の

飯を食うなという、戒めがありました。そこから高級乞食でもなく、物貰いの低

級乞食でもない。寅蔵は自らを軽便乞食と云々しています。そして高級乞食は裕

福な浪人であり、スポンサーが居ました。低級乞食は物貰いの乞食であります。

の中間が軽便乞食と自らを云々し、それが浪曲師としての自分であると言う。

は何処へ行っても何をやっても失敗しロクに定職にもつかず、生きるのがヤ

トの生活をしています。そして寅蔵に嫁いできた槌殿に、金の無心をしていま

。ツチ殿は3人の子供を抱えて、悪戦苦闘の生活を余儀なくしています。それ

も、寅蔵はお金を送れと言う。ツチ殿は頭に来て浪曲師の所へ寅蔵の身受けに

きますが、桃中軒雲右衛門に諭されて大金を渡して帰ります。マー寅蔵を見て

るとどこまでも優しい心の持ち主ですから、人に騙されることばかりでありま

。私が思うに、このような社会性のない人だから純粋に、人民がよりよく生き

る世を創ろうと、全力で走り回ります。その趣旨は一貫しておりまして、全く終

生ブレないのです。この所を今回、加藤直樹先生に依る講演と著作で発見するこ

とが出来ました。

 加藤先生の本の中に寅蔵が言う「此首今上陛下の前と雖も屈するを敢えてせざ

る首」という一説がP137にあります。そして「落花の花」の一説に「王侯貴人を

暗殺し」とあります。加藤先生はこれを素通りせず、これに注目しています。

※面白い11月のブログアドレスのご紹介!

http://tago39.jugem.jp/?day=20171121

※通 信 欄 !

 

※宮崎滔天!

※30才前後の宮崎滔天!この人の理論が50年〜100年後に現出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃の事 | 06:10 | comments(2) | - |
Comment
加藤さんの著作を読んでいると、
冒頭からワクワクしました。
荒尾の生まれでも世界観をここまで確立できるのだと。
光 | 2017/12/01 6:54 AM
オレも加藤さんの本を読んで救われたよ。生きる目標が76歳で出来たよ。手遅れだのォ〜・・・79才まで現役です。85まで石垣にしがみついて生きるよ。よろしくタノムばい。
深沢清 | 2017/12/05 7:01 AM









 

Profile

みんなのブログポータル JUGEM
Log in

Entry

Comment