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TPPの事!

※奥羽地方のお米!

お米

※お米は日本人の永遠の食料です。その生産者と農地を荒らさせ

て国の農政が、上手く機能するハズがない。更にTTPの批准で

日本農業は、メチャクチャになります。アベは5年前、TPPに

大反対でした。

 

※TPPは骨抜き!

 

※TPPはアメリカ大統領候補の2人とも、ダメだと言っています。クリントン

女史は初め推進派でありましたから、彼女が大統領になれば必ずTPPを推進す

る方向へいきます。それには、2〜3年の時間が必要となります。TPPを推進

すると安い農産物がアメリカに、入るようになります。更に工業製品も後進国か

ら、安価なものが必ず米国へ入ります。アメリカがTPPを批准してよい事は、

なくなります。このように見れば米国は、TPPを取り止めるのが一番よい。

※仮にTPPが批准されると、日本へ湯水のように入ってくるのは農産物と加工

食品です。アメリカなどの先進国から、農産物や食料品が入ってくるのは許され

ても、中国の食料品は絶対入れたらいけない。あの毒性ウナギを中国から、何万

トンも日本は輸入しています。中国のウナギ養殖者はうなぎを早く大きくするた

めに、ホルモン剤を注入して大きくしています。その結果、それを食った中国人

に奇形児が毎年、100万人以上も生まれています。

※もう一つTPPを批准したらいけないのは、その食料品の生産国を表示しない

ようにしています。現在、アメリカ産肉牛を米国産と表示しています。それは日

、売れないという。TPPが批准されると、その規約は生産国の表示をしな

くてよいとなっています。アメリカの牛肉は許すとしても、中国産ウナギと食料

品に生産国表示をしてないと、大ごとになります。それホルモン剤で育てたウナ

ギが日本に蔓延して、それを食った子供や若い人の体内にホルモンが入ります。

ウナギを食った人もおかしくなりますが、生まれてくる赤ちゃんが奇形児となり

す。(下写真を参照)その時日本の厚生省は、一切責任を取らない。その危

をお知らせするアドレスを、載せます。これを見れば中国産ウナギは、食べない

方がベストです。これは、今ウエッブ上で大炎上しています。

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/65b4a9f264aaf23403aa477b3d2dea09

※これはホンの一例です。足の指が8本になっています。

 

※どうしてもTPPは反対!

           ※9/30付西日本新聞!

新聞9/30

国と兼松とタッグを組

※TPPに合わせ輸入米を高く見せる紙芝居を、農林省と兼松と

卸業者がグルになって色々と画策しています。平和が続くと何時

の時代も内部から腐敗してまいります。

ウエッブ9/30

※農林省と兼松と米穀卸業者が、談合を行った事を現山本農水大

が認めました。お国は国民のことより、業者優先であります。

 

※米価の推移!

※米価は、昭和49年と平成15年は同じ!そして昭和59年から昭和62年ま

での3年間が、最高値でした。日本の農家は毎年変化する米価に、翻弄されてい

ます。自民党は農民から票を盗り農民を平気で、食い物にしています。それでも

農家は、自民党を支援しています。農家農民に、大啓発が要ります。明治に聖農

と言われた石川理紀之助は、品川弥次郎農商務次官に次のことをキチンと、言っ

ています。それ品川が問う。農業政策で何が問題かと。理紀之助答えて曰く、官

僚の給料が高く現場の百姓達の収入が少ないと、率直に云々しています。これは

田中紀子著「石川理紀之助の生涯」のP41〜P43に、詳細が載っています。

これを現在に直すと、霞が関の官僚と永田町の各党代議士の給与がベラボーに高

いから、農政が可笑しくなると直言しています。これを機会に品川と石川は、生

涯のお友達となりました。良い仲間でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃の事 | 06:40 | comments(0) | - |
東彦先生も中々どうして!

※躑躅!

つつじの花

※躑躅という漢字は中々どうして、難しいのであります。

 

 

※日銀の東彦ちゃん!

 

※クロダは今後、物価目標が2%になるまでマイナス金利の拡大と長期金利の引

き下げを、ヤルとラッパを吹きました。一方アベちゃんマンは28日の国会答弁

で、アベノミクスは着実に進んでいると吹きました。金融経済がクロダの判断ミ

スで可笑しくなっているのに、アベノミクスはどこへ行っているのか全く分から

なくなって、います。そして民百姓は毎日の仕事がなくなり、生きるのがヤット

あります。当分の間(安倍政権が続く限り)は、日本国の景気が回復することは

ありません。それで田ご作の地方人は、自ら生業(なりわい)を作り出して生き

るしかない。その裡、アベが政権を投げ出して新しい政権が出来た時、日本国は

少しづつ元気になります。それまで死なずに元気で、面白く生きて参ります。

 

※東彦ちゃんよ!

新聞9/27

※GPIFに資金が無くなったから、マイナス金利を行うと言う。

 

※実りの秋!

彼岸花

※彼岸花が美しい。もうすぐ新米が出来ます。上納米があるのォ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃の事 | 06:50 | comments(0) | - |
東北と北陸を顧みて!

※殿、利息でござる!

吉岡宿

吉岡宿

吉岡宿

※仙台市の柴田さんがせっかく仙台にお出でになるなら、吉岡宿

の映画になった「殿、利息でござる」の原作主題の場所をご案内

すると言う。田ご作のワッチも調子に乗ってそくOKした。

 今から250年前の明和5年(1760年)お殿様に金を貸し

て、村人の生き方を援助するとは見事であります。茲の所を現

の私が学ぶべきと思いました。その事を250年間人々に知らせ

ない血判状も見つかっています。まかり間違えば、打ち首獄門で

ありました。現在にあって、地域づくりの極意であります。

 

※仙台市の悪友と!

交流会

交流会

※10年〜20年前の悪友と再会し、大判振る舞いで10人集う??

 

※石川理紀之助!

 

※石川理紀之助さんは明治初期から大正初めまで、全国農村の啓発運動と農作

業の仕方と種苗開発と土壌開発に生涯をささげた聖農であります。この人も地

域開発の第一人者であります。現在の地方創生の先駆けでありました。この人

を訪ねることで、人間の生き方を新たに学びました。

 

※石川理紀之助!

理紀

理紀

理紀

理紀

※田ご作&田ご姫6人とプラス1名で、石川理紀之助資料記念館

を見学しました。それは平成28年9月18日に、訪ねました。

最高にグーでした。

 

※山形県酒田市の庄内米!

 

※茲の三居倉庫が最大の見せ場で、あります。江戸時代の北前船が廻船する前

に河村瑞賢が1672年、日本海西回り航路を開発しておりました。それから

220年後の明治26年、新三居倉庫が12棟出来ています。現在もJA農協

が、山居倉庫を取り仕切っています。

 

※歴史資料館のランドマーク!

庄内

※明治大正の女性は、コメを5俵も背負っています。力持ちか?

庄内

瑞賢

※山居倉庫の裏通りは、防雪林の大きい欅の木が並んでいます。

 

 

※幕末を作った男は清河八郎!

 

※清河八郎は天保元年(1830年)生まれ。18歳になって江戸に出て漢学

と、剣術を学びます。儒教漢学は東条一堂に学び、剣術は千葉道場の免許皆伝

です。そして自らも清川塾の看板を上げて、門弟を育てます。それ親からの

助で家を買いますが開塾早々、2度も火災に合っています。それにもめげず、

次の塾は土蔵を借ります。それは真面目な清河塾でなく、倒幕の為の過激談合

会と酒盛りの会になっています。その土蔵の密会が奉行所にばれまして、捜査

を受ける10日前ごろトンづらしました。それでも奉行所の捕り方は八郎を捕

まえる為、尾行探索を続けます。あまりにも岡っ引きが纏わりつくので、一刀

両断でありました。それで彼は、全国へ指名手配されます。安積と逃げ回って

九州へ落ちていきます。そして半年で江戸へ舞い戻り、浪士組を結成し京へ上

ります。その後、幕府の見回り組佐々木只三郎に切られて、即死です。時は文

久3年(1863年)春。明治まで後、5年半あります。惜しい人間を天は死な

せました。正しく幕末の先駆けでありました。嗚呼・・・

 

※清河八郎!34歳

パンフレット

八郎

八郎

※清河八郎の座像は、清河神社の鳥居横にあります。記念館で

子供達が清河八郎の功績を学ぶそうです。正4位増です。

 

※最上徳内!

 

※徳内を学ぶには、本多利明先生を学ぶ事になります。彼は29歳の時、本多

利明先生の門下生になったことが良かった。本多先生は「仁心」を徹底的に教

える経世家であり、天文学者であり、数学物理学者でありました。徳内は利明

先生の教えを見事に、自分のものにしてしまいました。そして本多先生のお達

しで、幕府命令で蝦夷地探検の最下級雇い竿取りで行くことになります。最後

は幕臣となり100石取りの大出世を、果たしています。ボンビー百姓の倅が

幕臣になるとは、自らの先天性をフルに生かしております。お見事です。

 

※最上徳内銅像を囲んで!

最上

最上㉒

最上

最上

アイヌ

※徳内を知る第2は、蝦夷地のアイヌとのかかわりを知ること!

 

※今回の東北・北陸の旅を顧みると、人間の生き方と在り方を最大限に学ぶこ

とが出来ました。これからの日本は、経済のマイナス成長が続きます。それで

も元気に面白く生きていくに、遠方の人々と交流し関わり合って生きることに

尽きます。もう新型の産業を興すなど、出来ない時代になりました。それより

か各地域で村づくりをやっている人々と、面白く生きることです。

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃の事 | 05:50 | comments(0) | - |
川村瑞賢と北回り船!

※河村瑞賢!

※酒田市日和山公園に建つ瑞賢銅像!     ※ウエッブより転載!

 

※河村瑞賢!

 

※河村瑞賢は現在の三重県南伊勢町の人で、元和3年(1617年)ボンビー農

家の生まれです。江戸へ13〜4歳頃単身で出て、大成功を収めています。これ

まで私は、河村瑞賢の名前は知っていました。それ私が思うに、彼は儒学者と思

っていました。さにあらずでありまして江戸初期の豪商で、最後は幕府に取り入

って150石取りの旗本に、成りあがっています。彼は先天的に、算数が出来て

建築土木を上手くこなしています。更に東回りの太平洋沿岸航路を開発し、東北

方から1000石船で江戸へ幕府への上納米を事故も無く、廻船しています。

それを幕府から認められ日本海側の奥羽地方から、上納米の輸送を命じられ日本

海の西回り航路を開発しています。それで1000石船は山口県下関から瀬戸内

海へ入り、大阪に寄港し荷の積み替えを行い御前崎の紀伊半島を大きく迂回し、

江戸湾に入港しています。船頭の器量は、大型船を沈没させぬよう回すのが良質

な水主です。彼は大きな仕事をやる為に、幕閣の老中や検査役人まで賄賂を惜し

みなく、渡しています。江戸は17世紀の中ごろから、人口が増加し食料のコメ

が毎年不足していました。それで庄内の酒田港を開削・開発し、山奥の山形や米

沢から米を運び出しました。その為に、港湾の開発と各寄港地の整備と最上川支

流の開削を進めて酒田港に、米が集まりやすくしています。彼は生まれた時から

算術と、工学がずばねけておりました。これは、彼の天性であります。それ後世

の人々ら、あまり称賛されない理由は相当な欲だったからと、言われていま

す。それでも日本海の荒海を航行する西回り航路を、開発したのはお見事です。

その御蔭で100年〜150年後、北前船の高田屋嘉兵衛らが大活躍します。

 

※河村瑞賢の先見性???

瑞賢

※1672年ごろ、荒波の日本海西回り航路を開発しています。蝦夷松前と

択捉航路を開発するまで後、100年の時間が要りました。

 

※日和公園にて!

瑞賢

※河村瑞賢が操った、1000石船のモニュメントをバックに撮る。

 

※酒田は文学の町!

瑞賢

瑞賢

※1100年代には首都がおかれていました。1672年に

河村瑞賢が酒田港を開発しました。

 

※三居倉庫の裏側!

瑞賢

※山居倉庫の北側に防雪林の欅の木が大きく育っています。

瑞賢

瑞賢

※防雪林の中央あたりに、三居稲荷神社を祀っています。

 

※江戸時代の籾の採りだし。

瑞賢㉑

瑞賢

瑞賢

※江戸時代の手扱ぎ脱穀の千歯です。その後、動力の籾摺り機。

大型船から来たのを小鵜飼舟で三居倉庫へ陸揚げしていました。

 

※稲の種!

瑞賢

瑞賢㉒

※写真中央は大正時代の三居倉庫で働く人々です。米で賑あう。

 

瑞賢

※米価の推移=昭和49年と平成15年は、60Kg当り¥13,000

※昭和59年〜62年が最高で60kg当り¥18000でありました。

 

 

※おしん!

瑞賢

※おしんのロケ地は最上川流域です。風情があって最高によい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃の事 | 06:30 | comments(0) | - |
山形県庄内米No1

※庄内米!

庄内

※山形県酒田市にある庄内米歴史資料館は、見応えがあります。

 

○九州人は東京・大阪・名古屋・仙台・北海道をよく旅します。

それ北陸の歴史資料館は、日本人の江戸時代を生きた知恵が未だ

生きぶいています。酒田市の三居倉庫と清河八郎と最上徳内と

秋田の石川理紀之助を日本人すべての人に、知ってほしく思いま

す。未だに江戸時代が生きているのを観ることが出来ます。もう

一度北陸へ行こうと思っています。 ※下写真はウエッブより転載!

※現在の三居倉庫です。新井田川に架かるのが三居橋です。

 

※近くで見ると大きな山居倉庫!

庄内

庄内

庄内

※ボンビーな旅をするお笑い6人組です。豪華な和製倉庫です。

 

※小鵜飼舟!

庄内

庄内

庄内

※小鵜飼船。この船は50俵積で、本流を航行するのは250俵

積でありました。50俵積は、支流を素早く航行していたと言う。

 

 

※三居橋!

庄内

庄内

※この橋は「告」にあるように、歩行者専用橋です。

 

※庄内平野!

庄内

※江戸時代日本一のお米の出荷港です。最上川と酒田市です。

 

※1俵は60kg!

庄内

庄内

庄内

※何故かお米を担ぐのは女性でありました。腰が強いのが女性?

※女性が5俵背負う米の重量は、300kgであります。

 

※三居倉庫の心得!

庄内

庄内

※山居倉庫で働く従業員心得です。現在はJA農協が管理する!

 

 

 

 

 

 

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日頃の事 | 06:20 | comments(0) | - |

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